“秋の風、お友達?”
5
さわさわと吹き抜けてゆく風に、まだあまり穂が開かぬ銀色のススキたちがゆらゆらと揺れる。まだ十月に入ったばかりで、秋とは名ばかり。都心や西の方じゃあ、まだまだ半袖でも平気というお日和なのだと聞くけれど。ここいらではもう、秋の気配や色合いがあちこちに満ちていて。
「これは…絶景ですねぇ。」
とてもではないが一軒のお家の敷地とは思えぬ広さの、まさに原っぱを埋め尽くす、ススキの海の壮大さには、あまり遠出はしないツタさんが、
「此処がご近所だなんて思えません。」
目を見張っての“まあまあ”と驚き。そして、
「ホントね。こんな広さの原っぱが、住宅地の中にあるなんて。」
ロビンさんまでもが呆気に取られていたりして。
「? ロビンも知んなかったのか?」
ここのお屋敷やら塀やらが取っ払われたんは、随分前のことだのに? ロビンさんが此処に来てしばらく寝起きしていた頃合いには、もうすっかりとこの状態になっていたのにと、今日はシャツの上へアメフトチームのロゴ入りトレーナーを重ね着て、ボトムはデニムパンツという軽快ないで立ちのルフィが尋ねれば。軽いデザインのアンサンブル・スーツをまとった黒髪のお姉様は、くすすと綺麗な笑顔を見せながら、
「だって、あんまり出歩けなかったのだもの。」
何せロビンさんは狼の精霊。その気配に くうちゃんがああまで警戒したように、野生の世界でかなりの強さを誇る存在なだけに。こうまで自然な…ろくすっぽ車も通ってなきゃ人の気配も少ない土地で、気配も消さずにうかうかと歩き回ったりしていては、ご町内で飼われているわんちゃんやネコちゃんが落ち着けなくなる恐れがある。
「ルフィんチ以外へは あまり足を延ばさなかったの。」
「ふ〜ん。」
それじゃあ仕方がないかとあっさり納得したルフィではあったが、
「…それだけでもねぇんじゃねぇのか?」
そんなことを訊いた声があり、
「ゾロ?」
「こんだけの原っぱだってのに、そういや昨日も他の子の姿は見なかったし。」
子と言っても、大おとなの多いご町内だけに、カイくんくらいの年頃のお子様は他にはいない。ゾロが言うのも わんこやネコのことであり、
「確か此処は、石垣が組まれてたその上へ、瓦屋根の乗った板塀が延々と続いてて取り囲まれてた。そうだよな?」
「うん。」
確かめるような訊き方をするゾロへ、ルフィも素直にこっくりこと頷いて。
「たまに近所を通ることはあっても、中に入ったことはないよ?」
なんか怖くってさと肩を竦め、抱っこしていたサロペット姿の坊やと“ね〜?”と相槌を打ち合う奥方の言いようへ、少々目元を眇めたままなゾロが呟いたのが、
「板塀が手入れもされないまま何十年も保つだろか。」
「…あ。」
成程ねぇとロビンにはもう通じていたらしく。
「結界とか…何かしらの力の磁場とか?」
そんなものが色濃く集中している場所なのではないかと言いたいのね、と。確かめるように訊くロビンさんへ、ああと頷いた うら若きお父様。
「どこんでももぐり込むルフィが、一度ももぐり込めなかった。何か怖かったのだって、何かしら籠もってるもんとか、妙な力とかが此処にはあったからじゃねぇのか?」
ご亭主の現実主義も、時と場合をわきまえてがモットーならしい。何せ、不思議な存在の筆頭を家族に持ってる身である。そして、そんな…案外と融通の利く柔軟性を帯びた頼もしさが判るのか、
「…きゅう。」
問題の小さなお客様こと、仔ギツネの精霊のくうちゃんは、今日も此処へまでを頼もしいお父さんの腕へと抱っこされて来ており。大人の方々の会話はちょっと難しくて判らないらしかったが、片腕だけで余裕の抱っこをしてくれている、髪がやたら短いお父さんにはすっかりと懐いてしまっておいで。どこかしら…雰囲気なり気配なりで似た人を思い出しでもするものか、ご飯のお世話をしてくれたツタさんも好き、その次はゾロという順番になってるらしいのが ありありしており。ふくふくと柔らかそうな小さなお手々で、ゾロパパが来ているトレーナーの胸元をきゅうと握って、ススキが揺れる居まわりを、潤みの強い大きな瞳で何とはなく見回しておいで。着ているものは相変わらずの袷あわせと袴という堅苦しさだが、今はもう皆さんもすっかり馴染んでの違和感は覚えていない様子であり。
“この恰好が当たり前の平服だったところに居たのですものねぇ。”
何とはなく判って来た、くうちゃんの背景というか何てのか。それを知らしめてくれたのがテレビだったというのがまた穿っていることよと。大人たちがしみじみ苦笑したのが昨夜のお話だったりする。
◇
ツタさん特製のハンバーグをお腹いっぱい堪能し、やっぱりお腹ぽんぽこりんのカイくんと一緒に食休みしなさいと、リビングまで運ばれた小さなお客様。動けなくなるほど詰め込んだ訳ではないのだけれど、
『いい子で大人しくしていて下さいね?』
一応のお声掛けをしたツタさんがキッチンでのお片付けに取り掛かり、ルフィママとゾロパパはお子様たちをお風呂に入れる下準備。一応の子守りにとリビングに居残ったのはロビンさんであり、
“…ふや。”
さすがに怖くはなくなったが、それでも…小さな子供からすれば、何となく少々取っつきにくいクールな印象のお姉様。お隣りのソファーに腰掛けたところを視線だけで追うくうちゃんへ、ロビンの側でも くすすと小さく微笑ってから、こちらからうるさく構いつけることもないかと判断なされたか。ローテーブルの上へ置かれてあったリモコンへと手を伸ばすと、壁に添わせるように据えられてあった薄型のテレビのスイッチを入れた。日頃から、カイくんとルフィはもっぱらアニメだ動物だ働く車だとかいう種のDVDしか観ないし、パパは野球やサッカー、ラグビーにアメフトといったスポーツ中継を見る程度。なので、チャンネルは…ニュース速報がすぐさま観られるようにとの配慮から、基本的に某N○Kにセットされている。んぱっと不意に明るくなった画面へ、
「はや?」
何ごとかとお顔を上げたまでの反応は、ある意味で想定内。人への変身が出来たとて、一般人に成り済ましての屋内で暮らして来たとは限らない。お外での生活の方が長かったのならば、ましてやまだこんなに小さい子供、テレビを知らないということも大いに有り得ると。そこまでは把握していたらしいロビンさんだったのだが、
「あ…おやかま様?」
「え?」
とととっと。ちょこり腰掛けていたソファーから降り立っての、坊やの背丈よりも大きな画面へ近づいてった くうちゃん。そこに映し出されていた再現ドラマの俳優さんへ、視線が釘付けになっており。
「…おやかま様って。さっき言ってた“ととさま”と対の人かなぁ?」
「でも、これって男の人の装束だけど。」
「絶世の美男というのを外せなかったので、女優さんを抜擢したのでは?」
歴史絵巻“源氏物語を読む”とかいう特別番組の、名シーンの再現ドラマ。くうちゃんがまるで窓の向こうをのぞき込むように見入っていたのは、その美貌でやんごとない姫君たちを次から次にたぶらかし…もとえ、恋のトリコとしていった美男子。紫式部が創作した平安時代のキムタク、はたまたイ・ビョンホン。
「Morlin.さんのセンスって古くない?」
…すいません、今時の二枚目を知りませんで。(う〜ん) よほどのことお顔だけはと頑張って抜擢したのだろう、どうかすると女性に見えかねないほどの麗しい若手の俳優さんが、直衣姿で…今時だと能舞台のような雰囲気の、板張りで殺風景なお部屋に佇んでおいでのシーンであり。そんな彼をば“じ〜〜〜っ”と凝視していたくうちゃんが、次には画面をぴたぴたと小さなお手々で叩き始めた。
「く?」
どしたの?と、お窓の方から とてちて駆け寄って来たカイくんへ、やーのとむずがって見せ、
「かえゆ、かえゆの〜。」
「く?」
ぺちぺちと叩く画面が、いきなりスタジオの風景へと切り替わり、教養特集の司会でお馴染みなおじさまのお顔のアップになって。
「〜〜〜うや。」
あ、これは来るなと、ルフィが予測し、ツタさんが進み出たその通り。すとんと立ってたその足元へ、真っ直ぐ座り込んでしまった坊や。うにうにとお口を歪めると、ふやや〜〜〜〜んんっと声を上げての泣き出してしまったのだ。
◇
今更、そんな小説やマンガみたいな夢物語が起きるはずがない…だなんて言いようをするお人はいない顔触れであり。どこぞかの歌舞伎関係者が飼ってた仔ギツネ? それが実は変身能力を持っており、たまたま撮影か何かでこちらに来ていたものが迷子になった? 前半はもしかしたらばあり得るかもしれないと、このご家族に限っては納得も行くのだが、撮影で来ていて迷子云々の部分に無理がある。そんな人たちがご町内に来ていた気配は感じられないし、もしかして隠し通せなくなった飼い主がこそりと置いてったなんていう非道な話だったなら、
「…許さん。」
「じゃなくて。」
意味なく握り拳を固めないのと、ご亭主をなだめた小さな奥方、
「そんなまで責任感のない、調子のいい人相手になんて、最初から懐かないよ。」
自分もそうなのと同様にと、太鼓判を押す。だって、小さくたって精霊さん。しかも、人間には用心しなとさんざん言い含めた対象が周囲にはいたらしいのだ。
「気のいい人じゃなくて、信頼の置ける人。見分けるお鼻はちゃんと持ってる子みたいだし。」
匂いを嗅いで確かめたゾロに懐き、やさしげなロビンへ警戒して見せたくらいだ、見かけで判断しない子だってことは皆も承知。
「となると。」
昨夜、テレビ画面へああまで“帰りたいよう”とすがってみせた坊やだったことから察するに。人の姿の誰かを覚えている彼であり、しかもその人というのは、
「水も垂れるほどの美形で、古風な衣装に縁があった。」
「ロビン、そうじゃないでしょが。」
彼を見つけたこの場所に、関係が深いのではなかろうか。いかにも古くからの由緒のありそうな和風建築のお屋敷だったというけれど。住んでいた人はおろか、管理人らしい人も来た様子はなかったほどもの忘れ去られたお屋敷。人が寄らなくなって相当経つというのにも関わらず、根拠もなしの何とはなくながら ルフィや他のわんこまでもが寄りつかなかった土地だというのは何故?
「こうやって人へ化ける術を知っていて、そうでないと危険だということも叩き込まれているところから察して。人間の事情に通じている、親御さんとか大人がちゃんとついてた子には違いない。」
だとしたら、人間の前へはそうそう出て行けなくての、迎えに来れなかったのかも。
「それと、もう一つほど気になっているのが。」
ここいらってつい先日大きな地震があったでしょ? あ、うん。凄かったんだよ? 台風のすぐ後だったから、警察と消防のパトロールがそりゃあ念入りにあちこち見て回ってた。(…リアルタイムでは一カ月半もかかっててすいませんです。)
「そんな大事があったんで、迷子になったって事も考えられないかと思って。」
「地震のせい?」
キョトンとするルフィへ、ええとくっきり頷いたロビンさん、
「昨夜、ご主人に言ってミホークさんの書庫を覗かせてもらったけれど、ここいらの伝説とか昔話のご本も何冊かあってね。」
―― その中に、隠れ里っていう伝承の本もあったの。
隠れ里…?
さわさわ・さらら。ススキの穂が擦れ合って涼しげな音を立てる。頭上には乾いた青空。木守りのために取り残されたのだろう、柿の実の橙がくっきりと映えて何故か寂しげ。地図のうえでは都心に程近いところだのにね。お屋敷も居並ぶ土地なのに、それでも…吹きわたる風や木葉摺れの音には、人へは少々よそよそしい気配があって。
「日本だけじゃない、海外にも例の多い、神隠し系統のお伽話の亜種でね。道に迷った狩人や旅人が、知らず迷い込む“まよひが”なんて格好ででも伝えられている。」
住人が居たり居なかったり、訪問者へ親切だったり素っ気なかったりとパターンは色々。ただ、共通しているのが、
―― そこから下界へ戻った人がどうして助かったのかと話をし、
それを聞いた人が訪ねてみたが、
その里や屋敷は二度と誰にも見つからなかった。
「遭難しかかった人の見る幻覚だという説が多い中、それでも山ほどの逸話が伝わっているのは、そんな中には1つくらい、本当に幻みたいに一夜だけ現れた空間があったからなのかもしれない。」
竜宮城伝説とかですか? ポーの村とか? 何でルフィがそんな少女まんがを知ってるの。ミホークのおっちゃんが持ってたぞ?(おいおい)
「だから。」
脱線はともかく。(まったくだ)
「地震なんていう突発的な事態が刺激になってのこと、そういう空間への通路が開いたのだとしたら?」
「おいおい。」
そうまでの論には、さすがにゾロがちょっと待てとのツッコミを入れる。
「その説には矛盾があるぞ?」
「あら、どこに?」
承りましょうと胸を張る作家のお姉様へ、現実主義者の筋肉マンが寄越した反駁はというと、
「だから。くうが人の目には触れない隠れ里の住人ならば。尚のこと、人の姿へ変身する術とか知らなくてもいいはずなんじゃねぇのか?」
「万が一って時の対処にでしょ?」
キツネの姿のままでいた方が、隠れやすいし逃げやすくないか? 日頃から人の格好でいたのかもしれないわ。というか、
「直衣姿の“おやかま様”とかいう人が一緒に住んでる里なんだから、キツネの精霊ばかりではないのかも。」
もしくは、何かしら自然界からのメッセージをもたらす御使い様…ということにされている存在ばかりが住む土地なのかもしれないと。さすがは作家のお姉様、知識の蓄積は半端じゃなくて。
「住む人が少なく、自然が残っている土地だからこそ、下手な都市伝説よりも信憑性は高いと思うのだけれども。」
「…う〜ん。」
せめてくうちゃんがもう少しお兄ちゃんで、元いたところの話とか家族のことなぞ話してくれれば、少しは参考に出来たのだけれど。話を聞くとそこからご家族を思い出してしまうのか、じわじわと泣き出しそうになったので、あんまり詳しいところまでは聞けなかった彼らでもあり。
「だとして、だ。」
「はい。」
「此処にまた来て…その。」
「何の意味があるのか?」
突発的に開いた扉。それがすぐまた開くものか? 滅多にないこと、だったら尚更。当分は起きない奇跡なのではないかいなと。思ったらしいが、当人のいる前で…戻れないかもしれないなんて言いにくかったらしいゾロへ、
「それも大丈夫、かも知れない。」
「………おい。」
専門的なお話には付いて行けませんと。ゾロの手からくうちゃんを預かったツタさんと一緒に、あまり離れぬ範囲でススキの原っぱを歩き回ることにしたルフィやカイくんを見やりつつ、
「だから。異空間や時空への移動の話に付き物なのが、乱入者の身代わりに飛ばされた存在があるかもという説なの。」
「?」
だから、と。ロビンは胸元へ両手で、画家やカメラマンがアングルを決めるときのような仕草で四角いフレームを作って見せて、
「時空間の中には、一見するとすかすかに遊びがあるように見えてても、その実は整然と、物質が理(ことわり)という繋がりでまとめられて収まっている。そこへ別の空間から何物かが乱入して来る訳だから、ぎっちりと詰まってた空間は一気に窮屈になる。」
それが歪みになって奇妙なことが起きまくるという方向へ向いていたものが、
「最近のSFやFTに多いのが、誰かが身代わりに入れ替えられての、異世界へ飛ばされるというシチュエーションで。」
「ちょっと待て、そこのFTおたく。」
前提が究極の“もしも”にあたる“SF”だってのは問題なくないかと。眉間にしわを寄せ、ストップをかけたゾロだったものの、
「俺よかよっぽど現実主義者っぽい顔してやがって、言うことがそれかい。」
「あら。人を見た目で決めるなんて大人げない。」
それに、仰せの通り 日頃は理詰めの生活と向き合っておりますのよこれでもと、肩をすくめたロビンであり、
「この際だから可能性はとことん拾いましょうよ。」
「………ああ。」
決してふざけて言ってる訳じゃないと。他でもない彼女の言葉だからという説得力は確かにあって。たくさんの人間の中にいながら、でも、同じ種族は居ないも同然の奇跡の存在。夢物語のようながら忽(ゆるが)せに出来ぬ事実でもある秘密を抱え、その露見を恐れつつ、生涯を孤独の中で過ごさねばならぬ悲しい精霊。子孫にまで同じ想いをさせたくなくてと、子を作らぬ決意をしているのだろう彼女だからこそ、あの精霊石をルフィに託したのでもあり、
“あのおチビさんがこのまま此処にいるというのがどういう意味かも。”
仲間のいたところから引き離されての、ある意味“孤独”。そんなところにいつまでも引き留めていちゃいけないと、誰より重々理解出来てる彼女だから。無責任な言いようをしているのではなく、有らん限りの可能性を、ほとほととその扉叩いて確かめようとしているまでなのに違いなく。
「ルフィ。」
どっちにしたって“もしも尽くし”の、難しくもややこしいお話はこのくらいにしてと、ロビンが顔を上げ、黒髪の少年を呼ぶ。
「なんだ〜?」
「精霊石、持って来てるわよね。」
「おお。」
腕へ抱えていたカイくんをひと揺すりして抱え直し。パンツのポケットから無造作に取り出したのが、あの緑の小石。何か始まるらしいなと、ツタさんもまた、くうちゃんを抱えたまま歩み寄って来たのを見やりつつ、
「此処を歩いてて、どこか、何かが強いところってなかった?」
「何か?」
抱っこされての高い高いになって見えた、遠いお山の赤やら黄色。ああ、同じようなお山を毎日見ていたね。此処みたいな石ばっかりの道やお家なんてなくて、萩やツツジが入り乱れての生えてる林を駆け抜ければ、すぐにも裏山に飛び込めて。そこで遊んでたら、そしたら………
「…ガクッてしたの。」
ぽつりと。くうちゃんが呟いて。え?と。周囲の皆様が注目して来る中、屋敷の基礎の跡だろか、少し高い段差になってる上、大きめの平たい石が据えられたところをじっと見やる坊やであり。
「ここは…基礎の跡から考えて、東北角地、鬼門の方向ね。」
「鬼門?」
厄が入るとか言われていて、あんまり良い方向じゃあないとされているの。ロビンがそうと答えてやりつつ、ルフィの手から精霊石を預かったところが。
「…光ってる。」
エメラルドに似た、でも普段は少しくすんだ半透明の翠の石が。今はその内側から、淡い光を放って見えて。しかも、
【 くう? くう、どこ行った!?】
「…っ!」
若い男の人のものだろか、そんなお声まで聞こえるではないか。案じての探しているのだろう、心配そうな声掛けへ。それまでは隠れていたはずの、くうちゃんのキツネならではな形のお耳が二つとも。甘い栗色の髪の隙間からひょこりと立って、ふるると震えたのがいかに覚えのあるものへの反応かを示してもいて。
「おやかま様?」
キョロキョロと辺りを見回す小さな坊や。降んりするという仕草に従ってあげて、ツタさんがそおと足元へと降ろしてやれば。そこへとロビンが真っ直ぐに近づいてゆき、手のひらの中で光を帯びている精霊石を摘まみ上げ、その小さな額へとかざした。すると、
「…あ。」
さっき彼が見ていた方角。大きな敷石の向こうにやはり生い茂っていたススキたちが大きく揺れて。そこが…ほわりと、光り始める。例えるならば、今アトラクションなどで使われ始めている、霧や噴水の銀幕のような光の幕で。そこにぼやぼやと何かが映し出されており。
【 居たか?】
【 居ません〜〜。】
【 屋敷中探しましたがどこにも。】
【 居回りの庭や路地にもいねぇ。】
誰かたちが懸命になって何かを探している。一番幼い声は今にも泣き出しそうな頼りなさであり、それでもあちこちへと動き回っているのだろう。どの声も、遠くなったり近くなったりしており、
【 くう? いたら返事をしなっ!】
ああそうか。この人たちこそ、この子が居るべき場所に一緒にいた人たちかと。これ以上はない判りやすさで聞こえた、届いたものだから。
「くうちゃん。お別れだ。」
ルフィが抱っこしたカイくんごとひょいとしゃがみ込み、小さな和子へと声を掛ける。
「りゅひ?」
「あれが、くうちゃんの家族なんだろ?」
「…。」
小さな頭がこくりと頷く。ただ、地震に弾かれてのはみ出した存在だからってだけじゃあない。あんなにも帰って来てという想いがあふれていたから、皆が呼んでいたからこそ、再び開いた扉なら。これはもう、くぐるしかないじゃないかと。にっこり笑ってやる、お元気なお母様の笑顔に重なって、
「ととさんに叱られたら言ってやれ。箱根の鬼に捕まってたってな。」
「じょろ。」
ああそんな呼び方してましたか、既に。いきなり現れた坊やへ、それは優しく接してくれた親切な人たち。温かなご飯に明るいお風呂。小さなカイくんも、お別れを察したかちょっぴり眉が下がっていたものの、
「く、バイバイね。」
「ばい…?」
「またねってことだよ?」
今回ばかりは“また”があっても困ろうが、さようならはやっぱりあんまり好きじゃないから。またどこかで逢おうねと手を振れば、
「これ、少ないですけれどお持ちなさい。」
「ちゅたしゃん。」
坊やには大きめのタッパウェアを手渡すツタさんで。箱のほうは火に近づけてはダメですよ? 中のおかずは、そう、鉄のおナベで温めて。
“…いいのかな。何だか時代ががってるところみたいだけど。”
そういえば、パパとかママとかバイバイとか、横文字が全然理解出来ない子だったし。もしかしてとんでもないお土産にならないかと思いつつ、
「さあ、急いで。」
ロビンが促せば、うんと頷き、
「りょびんちゃ、ごーめんね。んと、あーがと。」
可愛らしいありがとうが、胸に響いてくすぐったい。最初は怖がってごめんなさいと、そっちへの謝辞までついてたご挨拶へ、どういたしましてと微笑って見せて。小さな背中が、敷石の上へぴょいと乗り、それから…一旦振り向くと、皆さんのお顔を見回して。お辞儀をしてから光へ飛び込む。その途端に、
「あ…っ。」
「ふややっ!」
「わっ。」
カメラのフラッシュのような閃光が周囲を力強く叩いてのそれから。そぉっと目を開ければそこにはもう。不思議な光も、あの小さな坊やの影さえも、どこにも何にもなかったのでありました。
「無事に帰れたのかなぁ、くうちゃん。」
「大丈夫なんじゃねぇか?」
「無責任な大丈夫は、よくないのでは?」
「うっせぇなっ。お膳立てした奴に言われたかねぇよっ。」
あの坊やが一度だけキツネに戻ったとき、皆が見たこととなった可愛らしい尻尾を思わせる。銀色のススキの穂がいっぱい。皆様の周りでゆらゆらと揺れていて。
―― ああ、今日だけはちょっとばかり。
おセンチになってしまうかも知れないねと。
無言のまま、ぎゅむとしがみつく奥方の、小さな肩を抱いてやりつつ。屈強精悍な旦那様も、いつにも増しての無口になって。不思議な体験、噛みしめてしまう、仲良しのご一家だったりしたそうです。
おまけ 
その後、東京へ戻ったロビンからのメールが届いた。年末への追い込みがかかったので、年明けまではそっちへ行けないのが残念というお言葉と。
『公にはなってない話なんだけれど』
そんな一言とともに送られて来たのが、
『世界最古の合成樹脂か? いやいや、子供が古墳に埋めた悪戯か。』
なんていう記事の載った、京都の方のミステリー同好会の会誌だったそうな。
「この四角いのって、ウチにあったクマさんのタッパに似てない?」
「ツタさんが くうちゃんに持たせた?」
「………う〜ん。」
お後がよろしいようで。
〜Fine〜 07.10.07.〜11.18.
*カウンター 261,000hit リクエスト
ひゃっくり様『ぱぴぃ設定で、お元気なロロノア一家のお話をvv』
*1カ月もと長引いたそのあげく、
何だか 一部の方以外へは、
中途半端に意味の判らないFTもどきになっちゃいましたね。
ごめんなさいです。
タイムスリップものとか、異世界からのお客様のお話って、
一回書いてみたかったのですが、
考えてみたら、既に『天上の海』とかで書いてるやんか、自分。(う〜ん)
めーるふぉーむvv
**

〜 事情が通じる、一部の方へのおまけ
昼下がりに裏山への散策に出たまま、晩になっても戻らず、出先から天世界へ戻った訳でもないらしいとは、お迎えの朽葉が来たことで判明したくうちゃんが、突然庭先に光った幕の中から現れたのが、
「5日も何処へ行っておったっ!」
お館様の術で占っても気配すら拾えないまま5日も経った後のことだったそうで。叱らねばと思いつつ、でもでも、無事に戻ったことへの欣喜の方が勝りすぎ。この子はもうもうと、ぎゅうと懐ろへ抱きしめたお館様が、そんな風に口走り、
「いちゅか?」
「五つの一日だよ?」
お陽様が五回も、沈んで昇ってしたんだよと。どれほど長い間、行方不明になっていたかを小さな書生くんが説明してやったが、
「???」
あれれぇ? だって、かーいやりゅひのお家には1回寝た晩しかいなかったし、それだとて、向こうに行ったその日のことなのに?
「お怪我は? お腹空かせてないですか?」
呆然としている小さな坊やへ、賄い方のおばさまが、この人もやはり胸がつぶれそうなほど案じてくださったのだろう、目元を赤くしつつも訊いてくれて。あ…っとそれで思い出したのが、
「おみやげ。」
「はい?」
あのね、向こうの不思議なお家には、氷の窓が嵌まってて冷たかったの。でも、寒くはなくての綺麗で、晩になっても明るくて。天井をじかに燃やしても熱くない、不思議な篝火が灯されてたの。壁ばっかなお部屋には、やたらと長持ちを出しっ放しにしていたけれど。その上へ座れるようにと、ふかふかの敷物がたくさんあって。特別の大きなお窓は好きなところが覗ける術がかけてあって、
「おやかま様みたいな人がいたのが見えて、それで。帰りたいようって思ったの。」
「そうかそうか。」
大変な体験をしたなと、感じ入ってやるものの。それにしては汚れてもおらずの綺麗なまま。元気いっぱいで戻って来た坊やであり、しかも、
「お待たせしました。」
坊やから渡された不思議な小箱に入っていたおかずとやら。鉄のナベで温めたところが、それはそれはいい匂いが立ち始めて。
「おはぎみたいな様子ですが…。」
「だが、この匂いは肉だぞ?」
何とも不思議でかぐわしい匂い。日之本にはまだない香辛料の匂い。少しずつを味わってみれば、
「…ちょっとぼそぼそしてるが、美味い。」
咬めば咬むほど美味さが滲み出てくる、魔法のような味わいがあって。これは料理自慢のおばさまにもお初の食材だとか。
「何のお肉でしょうね。猪や鷄じゃあない。」
「馬とか鹿なんじゃないか?」
一足早い未来のお味、ハンバーグをこの時代に堪能した皆様だったりしたのでした。
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